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Harmonia

オリジナル小説

ストロベリー・キス 


 見慣れない部屋の、ソファの上で、目が覚めた。
 薄目を開けて、ぼんやりと天井を見つめる。
 いつもとは違う匂い。違う部屋。
 そうして、ああ、俺はいま藤野の家に住んでいるのだと、ようやく認識する。
 まだ慣れない、おそらくこの先ずっと慣れることはない、やけに広くて豪華な部屋だ。


 のそりと身体を起こし、明かりを付けて、部屋を見渡す。時計は午前四時をすこし過ぎたところだった。
 テーブルの上は、夕食を食べた後そのままになっていた。空になったグラスがふたつ並んでいて、そこでやっと、俺は藤野の飲んでいた酒を奪って、酔いつぶれたことを思い出す。

 ふたたびソファに座ろうとして、ふと目に止まったものに、思わず首を傾げた。
 藤野がケーキ作りに使っていた、生クリームの絞り袋。それが、サイドテーブルの上に、無造作に置かれている。
「……酔っぱらって、このまま食べたとか?」
 いくら考えても、思い出せない。仕方なく諦めて、すでにやわらかくなったそれをゴミ袋に放り込んでから、テーブルの上を片付け始めた。



 藤野と暮らし始めてから、もうすぐ二週間になる。
 初日からしばらく続いたぎこちなさこそようやく薄れてきたものの、決して馴染んだとは言えない暮らしぶりだった。
 なにしろ、生まれてからずっと住んでいたアパートを後にしての、新生活だ。
 淋しさは、絶えず襲ってくる。そんな感傷をどうにかして紛らわそうと、俺はいつになく読書へと没頭していた。

 リビングにどっしりと構える革張りのソファは、いまや俺の定位置となった。
 そこに寝転んだまま、本を読む。朝も、晩も。バイトで出かける時以外は、一日の大半をここで過ごしている。
 そうして本を読む俺を背後から抱きしめ、髪を撫でたりうなじにキスしてくる藤野を、受け入れている。

 男に抱きしめられ、キスされながら、読書に耽る自分。
 それがどれほど異様な光景であるかは、頭で考えれば考えるほど分からなくなってしまうから、思考そのものを停止する。
 本当は、淋しさよりもずっと、そのことを考えたくなくて、こんなにも読書に没頭しているのかも知れない。


 食器を洗いながら、昨夜のことを思い出す。
 キスしたお祝いにと、ケーキを作ってくれた藤野。
 その溢れるほどの好意を、このまま受け止めてしまうべきなのか、どうか。
 自分でもどうしていいのか分からなくて、だから、昨夜は藤野のグラスについ手を伸ばしてしまっていた。
 
 もし酔っぱらって、藤野とどうにかなっていたら。
 それはそれでいいのではないか。
 そんな、自分本位で身勝手な気持ちで、グラスの酒を飲み干した。


 自分からキスをねだったことも、なんとなくだが憶えている。
 藤野のくちびるに自分の舌を差し入れ、情熱的に求めたことも。
 そうすれば、藤野から手を出してくるのではないかと、心のどこかで期待していた。

 しかし、目が覚めると、俺はソファにひとりだった。
 きちんと服を着たままで、ご丁寧にも毛布と布団を掛けられた状態で。

「……最低」
 力なくそうつぶやいて、俺は残りの食器を片付けると、風呂場へと向かった。



 シャツのボタンを外すと同時に、身体から立ち昇った甘ったるくもツンと尖った匂いに、顔をしかめた。
 洗濯機にシャツを放り込んでも、匂いは鼻についたままだ。気になって、匂いの元を探る。
「……」
 左胸のあたりから、漂ってくる。そこに触れると、やけにしっとりとしている。
「……っ、」
 サイドテーブルに置かれたものと、このしっとり感が、頭のなかで繋がった途端、燃えてしまうかと思ったくらい、一気に全身が熱を帯びた。

「……くそ、あいつ、まじで殺してやる」
 恥ずかしくて、憎たらしくて、そうつぶやきながら、それでも顔がにやけてしまうのは、いったい何故なのだろう。

 これは、恋なのか?
 
 分からない。分からないけれど、すくなくとも、嫌ではない。
 そう、嫌ではない。むしろ、いいから、困惑している。

 いまは、ここまでが精一杯だ。



 翌朝、起きてきた藤野にケーキをねだると、いつものごとく尻尾を振る犬のような勢いで、嬉しそうに大ぶりのケーキを運んできてくれた。
 そうして、俺が食べる様子を、熱く張りつくような視線を投げつけながら、食い入るように見つめている。

「食べる?」と生クリームをたっぷり纏った苺をフォークに差して、口の前に差し出すと、一瞬で、藤野の目がぎらぎらとした輝きを放ち始めた。

 明らかに、欲情した顔で、苺を見つめている。

 藤野が舌を出して、苺のまわりの生クリームをぺろぺろと舐める。下から上へと、舐め上げる動きも、赤く尖った舌先も、はっきり言って、ものすごくいやらしかった。

「……」
 クリームをすべて舐め取った苺に、藤野がかじりついた途端、胸の先にぴりりとした痛みが走って、身体が震えた。
 思わず漏れ出した吐息を封じるように、苺が口のなかに押し込まれる。

「……」
 食べずに、舌で藤野に押し返す。
 目を見開いた藤野が、また苺を押し返してきた。
 そうやって、何度も苺を行き来し合っていたら、堪らないといった顔をして、藤野が苺を指でつまんだ。

「……佐久嶋さんが、食べて」
 荒い息で、泣きそうに歪んだ顔で、口のなかに、ふやけた苺を押し込まれる。

 その顔が、その声が、「俺を食べて」と言っているように聞こえたから、俺は躊躇うことなく藤野の指に噛みついた。



おわり

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Posted on 2018/02/11 Sun. 04:51 [edit]

category: 恋に落ちた、その行方

thread: BL小説  -  janre: 小説・文学

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