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Harmonia

オリジナル小説

ミラクル 2 


 呼び出しを受けた健はすぐにやって来た。走ったのだろうか、息を切らして。まっすぐに育都だけを見つめて。
「はじめまして。馨の友人の、遠嶋健です」
 はっきりとそう告げると、バッグから数冊の本を取り出し、直角九十度のお辞儀で「サインください」とそれらを差し出す。
 しばらくの奇妙な沈黙の後、育都が堪えきれない様子で「ぷっ」と吹き出した。
「サインって、そんな、有名人でもあるまいし」
「でも俺、初めて葛木さんの写真見たときからずっとファンなんです」
 キラッキラの、まるで恋する乙女みたいな瞳で育都を見つめる親友を、俺はただ呆然と眺めていた。
 
 健の話によれば、俺と育都が付き合い始める前から写真家としての育都に注目していたらしく、自費出版した写真集やZINEなどはすべて購入済み、浜辺で撮ったあの写真を本人の前で拡げた挙げ句、「頼むからやめろ」と絶叫する俺を無視して「こんなふうに馨を撮れるってそれだけで、葛木さんはものすごいひとだと思う」とひどく感動した様子でつぶやいた。

 そんなこと、俺にはこれまでひとことも話さなかった。
 俺が初めて育都のことを話した時も、「ふうん」とか「へえ」とかしか言わなかったくせに。
 なんなんだよ、この好き好きオーラ全開で猛アタックの、この態度。

 そんな健の様子にすっかり気を良くした育都は、健の質問攻めにも上機嫌で応え、そのうち自分のカメラを取り出して熱く語り始めた。
 そんなわけで、瞬時に打ち解けたふたりはすっかり意気投合して、「かたっ苦しいから敬語はやめろ」と言い放った育都に「それなら」と健もタメ口で話し始めて、「今度うちに遊びに来いよ」「え、いいの? 俺、本当に行っちゃうよ」なんて話になっている。
 曲がりなりにも今彼と元彼が、当の恋人の前でいちゃついてるって、いったいどういうことなんだろう。胃まで壊して、散々悩んだ結果がこれかよ、と完全に蚊帳の外の俺は、なかばやけくそで運ばれて来たチョコレートケーキにかぶり付いた。
 でも、俺の恋人は健が惚れ込むほど魅力的な写真を撮るひとなのだから、これは誇らしいことなのだ。そんなことを思ったら、急に胸が甘酸っぱく疼きだして、自然と頬が緩んでくる。
「どうした?」
 ふたりが同時に訊ねてくる。同じような、低音で。
「さっきまでしかめっ面してたかと思えば笑ってるし、情緒不安定か?」
「ひょっとして、変なきのこが混ざってたとか?」
 適当なことを口走っているところも、そっくりだ。こいつらそっくり人間だ。だから気が合うんだ。俺と違って大ざっぱで適当で、俺の胸の裡なんてまったく考えもしないで。
 そんな恨み節を呪いのように心のなかで唱えていたら、健がふいに「葛木さんにお願いがあるんだ」と真顔で切り出した。
「お願いって?」
「馨から、すごく有能な霊能者だって聞いたから、教えて欲しいことがあって」
 その真摯なまなざしから、健が育都に聞きたいことが、本人の口から聞かずとも分かった。
 福岡の街で、たった一度だけ会った、彼のこと。
 健が初めて本気で好きになった、あのひとのことだ。
「ああ、いいよ。今日だけ特別にタダでな」と言って、にやりと笑った育都が黒縁眼鏡を外して胸ポケットにしまった。


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Posted on 2018/09/11 Tue. 05:48 [edit]

category: MAGIC

thread: BL小説  -  janre: 小説・文学

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