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Harmonia

オリジナル小説

マーブルチョコレート 


 薄暗い部屋の中、俺は月を眺めている。長いこと入院していたベッドの上。大人になった俺が、あの病室にいた。

 ノックの音がした。トントン、遠慮がちなその音で、俺はその音の主がクラハシさんだと分かった。

「やあ。貴裕。久しぶりだね。すっかり大きくなったなあ」

 ゆっくりとドアを開き、クラハシさんが顔を覗かせた。ピエロの姿をしたクラハシさんを見るのは一体どのくらいぶりだろう。懐かしさが込み上げてきて、胸がいっぱいになった。

「そうだよ。俺ちゃんと大人になれたんだよ」
「そうか。よく頑張ったね。えらいえらい」

 嬉しそうに目を細めたクラハシさんが、俺の髪を優しく撫でてくれた。クラハシさんの手のひらのあたたかさが伝わってきて、その心地よさに俺はうっとりと目を細める。

「うん。頑張ったよ。頑張って、蒼一さんと一緒に暮らす夢が叶ったんだ」
「貴裕はいま、しあわせかい?」
「うん。しあわせだよ」

 俺は頷く。そんな俺を見つめて、クラハシさんは首を傾げた。

「じゃあ、どうしてそんなに悲しそうなの?」
「俺が、悲しそう?」
「うん。泣きそうな目をしてる」

 ああ、そうだった。俺は悲しくて、こんな夜にひとり月を眺めていたんだ。
 悲しいのは、しあわせだから。しあわせを手に入れた途端、いつかそれを失ってしまうのではないかと、いつも心のどこかで怯えているから。

 そんな俺を黙って見つめていたクラハシさんが、突然帽子を脱いだ。

「貴裕、これ好き?」

 そう言ってクラハシさんが帽子から取り出したのは、色とりどりのマーブルチョコレートだった。

「何色がいい?……あ、言わないで、心に思い浮かべて。目を閉じて」

 俺はぎゅっと目を瞑って、水色を思い浮かべた。

「さあ、目を開けて。手のひらを見て」

 ゆっくりと目を開くと、手のひらの上には水色のチョコレートが二粒並んでいた。驚いてクラハシさんを見つめる。

「まぐれじゃないよ。もう一度しようか」

 次はオレンジ色を思い浮かべて目を閉じた。クラハシさんの声を合図に目を開けると、手のひらにはやはりオレンジ色のチョコレートが三粒。

「どうしてわかるの?」
「僕はただのピエロじゃない。……実は魔法使いなんだ」

 声をひそめて、クラハシさんは俺の耳許で囁いた。

「だから、僕は貴裕が欲しいものはなんだってあげることができる」
「なんでも?」
「そうだよ。だから、僕に言ってごらん。君の本当の願いはなに?」
「俺の……」

 俺の本当の願い。それは、ただひとつなんだ。

『蒼一さんとずっと一緒に生きていくこと』





 電話の着信音で目が覚めた。蒼一さんからだった。

「もしもし」
「……寝てた?」
「うん。夢、見てたよ」
「どんな夢?」
「もう思い出せないや。……詩織、元気だった?」
「うん。すごく元気だったよ。お兄ちゃんによろしくってさ」

 あ、そうだ、と蒼一さんが続ける。

「帰ったら貴裕の家に行こう。白い椿の花が見頃だって、詩織ちゃんが言ってた」
「ああ、今時期『落ちた花を掃除して』って母さんからいつも言われたな。それがすげえ嫌で、花そのものの記憶がない」
「えー、勿体ないなあ。こっちで咲いててね、それがすごく綺麗だったんだ。貴裕と一緒に眺めたらきっと楽しいだろうなって思ったんだ」

 貴裕と一緒に眺めたい。そんな言葉ひとつに、俺の心は跳ね上がる。

「蒼一さんと一緒に見たら、好きになるかも」
「うん、きっと好きになるよ。そうそう、お父さんとお母さんにもお土産買ったんだ。ブランデーケーキだけど、食べてくれるかな?」
「うん、すっげえ喜ぶよ。あの人たち、甘党で飲んべえだから。あ、蒼一さん、」
 
 俺の呼びかけに、「ん?」と返事が返ってくる。

「買ってきて欲しいものがあるんだ」
「いいよ。何?」
「マーブルチョコレート」
「え?」
「マーブルチョコレート。なんかいま、無性に食べたい」
「わかった。忘れないうちに、電話切ったらコンビニで買っておくよ」

 ふと思いついて、訊ねてみる。

「ちなみに俺が何色を選んで食べるか、分かる?」
「もちろん。水色だろ」

 即答されてしまった。あんまりびっくりしてぽかんとしていたら、蒼一さんが電話の向こうでくすくすと笑っている。

「貴裕くんのことは、なんでもお見通しなのです」

 ああ、俺はやっぱりこの人が大好きだ。

 蒼一さん。もう一度名前を呼んだ。

「早く、帰ってきて。待ってるから」
「うん」

 頷いた蒼一さんの笑顔は、きっと東京で見たどの椿よりもずっと、うつくしく咲いているのだろう。



おわり


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Posted on 2014/04/05 Sat. 23:45 [edit]

category: 満月ピエロ

thread: BL小説  -  janre: 小説・文学

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