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Harmonia

オリジナル小説

春風 4 


 第一印象は「顔ちっちゃ!」だった。無造作な黒髪に覆われた、信じられないくらい小さな顔と、そこから続く細く長い頚。引き締まった細い身体は意外に肩幅が広く、人形じみたすらりと長い手脚が伸びている。ピッタリと身体に沿った服装だから、嫌でもその美しい肢体が目に入ってくる。
「こんにちは」
 にっこりと微笑んだ彼から挨拶をされて、菫もぺこりと頭を下げた。
「中道さんのご紹介で体験レッスンに来てくださったんですが、今夜のベーシッククラス、もう満員なんですよね」
 なんとかしてくれと訴えるような眼差しを向ける受付嬢に、男が応える。
「フロアは全然余裕あるし、せっかくお越し頂いたんだから」
そう言った後、男は菫を見つめて申し訳なさそうに眉をひそめた。
「大変失礼しました。ぜひレッスンを受けてくださいね」
 低いけれど、低すぎない。穏やかだがよく通る声だ。
「講師の桜庭(さくらば)です。よろしく」
「あ、よろしくお願いします」
「それでは吉志様、恐れ入りますがこちらの受付用紙に必要事項をご記入ください。今回は体験レッスンですが、次回からいつでもご利用いただけるメンバーズカードを発行させて頂きますね」
 受付嬢に促されて、菫はボールペンを手に取った。氏名や住所、ヨガの経験の有無などを記入していく。菫よりも十センチほど背丈の低い男は、その間も黙って菫の隣に佇んでいる。
「菫って、素敵な名前ですね」
 用紙を覗き込んだ男が感心したように突然そんなことを言い出したから、菫の身体が一瞬でこわばった。
 子どものころから「女みたい」と散々からかわれてきた自分の名前。年齢が上がるにつれ、「変わった名前」「めずらしいね」などと言われる言葉は変化したものの、大抵は揶揄のニュアンスが含まれている。物心ついてから一度も好きだと思えなかったその名前を、男はこともあろうに「素敵」だと言ったのだ。トラウマを刃物で刺されるような出来事に、極度の恥ずかしさと、苛立ちにも似た感情が同時に込み上げてくる。
「……そんなことを言われたのは生まれて初めてです」
 感情を必死で抑えながら、抑揚なく答えた菫の様子をまったく気にする風でもなく、
「そう? でも僕は素敵だと思う」
 男はにこやかに、しかししっかりと菫の目を見据えてそう言った。
 それ以上名前について触れられるのは嫌だったので、「あの、まったくの未経験で身体もめちゃくちゃ硬いんですけど、本当に大丈夫でしょうか?」と訊ねる。
「大丈夫。ここの生徒さんは若い女性が多いけれど、なかには七十歳以上の女性や、中年の男性もいますよ。そしてみんな最初は未経験だけど、毎回のレッスンをとても楽しみにやって来られるんです」
 こちらへ、と講師直々に案内される。
「ここが男性更衣室。ロッカーに荷物を入れて、鍵は必ず掛けてくださいね。着替えたら右手奥のスタジオへどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「こちらこそ。……ここだけの話、生徒さんは圧倒的に女性が多いから、完全アウェイなんだ。だから今夜吉志さんがここに来てくれて、実はすごく嬉しい」
 そう言い残して、男はさっと更衣室を出て行った。
 手早くジャージに着替え、背後の鏡で自分の姿をちらりと見つめる。のっぽだけが特徴の、平々凡々とした容姿。桜庭のように、気が利いた台詞を口に出来るような社交性も、到底持ち合わせてはいない。
 男は笑うと目尻が下がり、くしゃっと人懐っこい顔になる。くしゃくしゃ顔でも格好いいって、世の中本当に不公平だよなあ、と思う。
 さきほどの名前の件を、自分はまだ気にしているのかも知れない。桜庭さえ現れなければ今頃は晴れて自由の身だったのにと、逆恨みだとは重々承知の上で、それでも彼に対するもやもやとした感情がいつまでも消えなかった。


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Posted on 2017/03/24 Fri. 00:00 [edit]

category: 春風

thread: BL小説  -  janre: 小説・文学

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