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Harmonia

オリジナル小説

春風 23 


 梅雨の終わりの厚い雲に覆われた憂鬱な空とは裏腹に、目覚まし時計が鳴る前にベッドから起き出して、菫は弾むような心で朝食を作った。今日は久しぶりに多季と休日が重なったのだ。
 身支度を調えていたところで多季からの電話が鳴った。これから大雨になると天気予報が告げているので、ドライブは中止して多季が住むアパート近くのカフェで昼食を食べないか、という提案だった。菫は快く承諾する。ドライブでも昼食でも、ただ街を散歩するだけでも良い。多季に会えるという、そのことが菫にとっては何よりも嬉しかった。

 多季の最寄り駅は電車で三十分ほどの距離にある。空調がよく効いた電車から降りると、むわっとした熱気と湿気に包まれた。勝手の分からない駅のホームで、ひとの流れに身を任せて改札口へと進む。改札口近くに佇む多季を認めて手を振ると、大きく手を上げた多季がぱっと華やかな笑顔で菫を迎えてくれた。その顔を見るだけで、身体と心の端々まで癒される気がした。
「すこし痩せたんじゃない?」
 そう言って、向かい合った多季が菫の頬を撫でる。日々の数少ないやりとりのなかで、ここ最近仕事が殺人的に忙しいことを伝えていたからか、とても心配そうな顔をして菫を見つめてくる。
「平気。今日美味しいものをいっぱい食べたら回復すると思う」
「それじゃ、早速行こう」

 電車に乗っている間に雨は降り出していた。折りたたみ傘を差し、狭い歩道を多季が先に歩く。
 五分ほど歩いたところで、店に到着した。軒先で傘を畳むと、鞄から取り出したタオルで多季が肩の辺りを拭いてくれる。多季の手からタオルを奪い、今度は菫が多季の肩先を拭くと、多季は俯いたまま照れくさそうに身を竦めていた。
 人気がある店で一時間待ちもざらだと多季と言っていたが、昼の混雑時を避けて訪れたからか、あるいはこの大雨のせいか、待つことなく店に入ることができた。十人も入れば満席になる、小さな店だ。狭いし飾り気はないけれど、漆喰の壁とウォルナット色のアンティークな家具が落ち着いた雰囲気を醸し出している。
 菫は鯖の竜田揚げ定食、多季は豆腐クリームコロッケ定食をオーダーして、ふたりでおかずを分け合いながら食べる。オーガニックカフェと銘打っているだけあって、どのおかずも瑞々しい野菜がたっぷりと使われていて、なおかつボリュームもあるのが嬉しい。久しぶりの玄米ごはんの香ばしさに、どんどん食が進んだ。
 ヨガを始め、多季と身体に優しく美味しいものを食べ歩くようになってから、菫はそれまで無頓着だった食事にも気を使うようになった。朝食はご飯に納豆と、野菜たっぷりの味噌汁を作り、コンビニ弁当はやめて、店で手作りした和惣菜の日替わり弁当を食べる。小腹が減ったときは甘い菓子パンやスナック菓子の代わりにナッツや果物をつまみ、夜もなるべく自炊した。それだけのことで、身体のだるさや疲れがぐっと減り、身も心も軽くなっていく気がした。

 それでもやはり甘いものは外せないと、バニラアイスを添えた林檎のパウンドケーキとキャラメル味のプリンをふたりで半分ずつ分けて食べ、お腹ははちきれそうに満腹だった。店が空いているのをいいことに、コーヒーを飲みながら長々とお喋りを続ける。会話が途切れたところでふと窓の外を眺めると、夕方のように暗く重苦しい空と、視界が白むほどに激しく降り続ける横殴りの雨の様子が窺えた。
「……止まないな」
 バケツをひっくり返したような雨とはまさにこのことを言うのだろう。しばらく様子を見ていたが、一向に雨がおさまる気配はなかった。そのうちに客は菫たちだけになってしまい、そろそろ出ようか、という流れになる。
「うちに寄ってく?」
 不意打ちの言葉に、菫は目を丸くして「え?」と返す。
「このまま帰っても、どのみちずぶ濡れだろ。雨宿りしていけば?」
「……いいの?」
「もちろん。あ、でもなんのお構いもできないけど」
「そんなのいいよ。着替えさえ貸してもらえたら十分」
「じゃ、行こうか」
 やけにさっぱりとした口調でそう言って、多季はさっさと立ち上がった。
 会計を済ませて店を出ると、駅とは反対方向に足早に歩き出す。傘を差すのが無意味なほどの大雨のなか、高まる胸の鼓動をうるさいと感じながら、必死で多季の背中を追いかけた。


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Posted on 2017/04/12 Wed. 00:00 [edit]

category: 春風

thread: BL小説  -  janre: 小説・文学

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