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Harmonia

オリジナル小説

春風 32 


 ちょうどふたりの休日が重なった八月末の平日に、多季の引っ越しを手伝うことになった。
 細々としたものは多季が毎日少しずつ車で運んでいたらしく、部屋に残っていたのはすこしの衣服と日用品、それに書棚とベッドだけだった。書棚とベッドを分解して、義兄から借りたというミニバンに積み込んだ。
 絵に描いたような夏空の朝だ。なるべく朝早く、涼しいうちにという多季の提案は正解で、すべての荷物を搬出し終わる頃には強烈な陽差しが肌に突き刺さるようだった。
 不動産屋に鍵を返しに行き、その後途中で買ったスポーツドリンクを喉を鳴らしながら一気に飲み干した。荷物をぎゅうぎゅうに詰めこんだミニバンは視界が悪く、菫が後方を注意深く確認しながら、車はゆっくりと発進した。

 多季のマンションから十五分ほど走って、多季の実家へと到着した。標識から、ヨガスクールのある副都心にほど近い高級住宅地だと分かる。車が止まったのは一際目を引く純白の三階建ての洋館だ。瀟洒な鋳物の門扉から玄関へと続くアプローチは、目に鮮やかな夏の花が咲き乱れている。玄関もレースやパステルカラーのブリザードフラワー、天使の絵画や人形などで華やかに飾られていた。
「これは母さんの趣味」
 目をぱちくりさせる菫に、多季が苦笑して言った。

 一階はレッスンスタジオになっていて、扉の向こうから女性の声と、軽やかなピアノの音色が聞こえてくる。玄関から廊下を抜け、壁にぶつけないように細心の注意を払いながら、多季と声を掛け合って三階の多季の部屋へと荷物を運んだ。
 汗だくになってすべての荷物を運び終わる頃には昼時を迎えていた。一階へ降りると、ちょうど午前中のレッスンが終わったらしく、玄関のあたりには数名の女性がたむろっている。黒いレオタードとスパッツに濃紺のふんわりとしたスカートを穿いた長身の女性が笑顔で女性たちを見送っていた。多季にそっくりの小顔は華のある顔立ちで、長い髪をきゅっと束ねた、その伸びやかな立ち姿とくびすじのうつくしさに目を奪われていると、それに気づいた多季から脇腹を激しくチョップされた。
「……何だよ」
 多季は何も言わずに不服そうに菫を睨み付けてくる。まるで子どもみたいに尖った口で頬をふくらませていた。
「あ、こんにちは」
 女性が菫に向かって微笑みながらお辞儀した。菫もしどろもどろに「こんにちは」と返す。
「姉の由季です。多季がいつもお世話になってます」
「全部終わったから、車掃除してくるね。菫も手伝って」
「お昼ご飯はどうする? よかったらご一緒にいかがですか?」
 女性としてはすこし低めの落ち着いた声のトーンも、多季によく似て耳に心地良い。
「適当にお願いしていい? 朝から重労働だったから、お腹ぺこぺこなんだ」
「いいわよ。早く終わらせていらっしゃい」
 にこやかに微笑んだ由季にぺこりとお辞儀をしている間にも、多季にぐいぐいと腕をひっぱられる。そうしてなかば引きずられるように玄関の外へ連れ出された。
「ああ見えても三十七歳、旦那と二人の子持ちだからな」
 真面目な顔をして、念を押すようにそんなことを言われたから、思わず吹き出してしまった。
「……いや、そっくりだなって思って見てただけだから」
「だから嫌なんだよ」
 これだから女好きは困る、と意味不明なことをつぶやきながら、口を尖らせたまま多季は掃除に取り掛かった。嫉妬心剥き出しの子供じみた様子さえ、可愛くて仕方ないのだから、これはもう完全に参っている。そんな自分に呆れながら、足元のマットを外して丁寧に掃除機をかける多季の姿を微笑ましく眺めていた。


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Posted on 2017/04/25 Tue. 00:00 [edit]

category: 春風

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