Harmonia
オリジナル小説
雲を抱きしめる 5
とは言え、一方的に切ってしまった後の電話だ。いったいどんなふうに話を切り出せばいいのか分からないまま、それでも指先が自然と液晶画面をタップしていた。
長い呼び出し音の間にも、駆け上がるように胸の鼓動が速まってくる。十五回ほど鳴らした所で、ようやく呼び出し音が止まったものの、声は聞こえてこない。
無言のまま、重苦しい沈黙の時が流れていく。息苦しさに堪えきれず、電話を切ろうとしたのと同時に、がさがさとうごめく音が響いてきた。
『……ん、……帆夏?』
ようやく耳に届いた声は、すこし掠れた、夢見心地のものだった。
そういえば、仕事で缶詰状態だったと話していたことを思い出す。きっと伸一さんのことだから、連絡が途絶えていた丸二日間、ほとんど寝ずに仕事に没頭していたのだろう。
「もしかして、寝てた?」
『うん。……夢、見てたよ。帆夏の夢』
「俺の、夢?」」
『ああ。……モノトーンの男の後ろ姿を見つめながら、帆夏が泣いてた。映画のワンシーンみたいだったな』
その応えに、俺の恋人は変人で淫乱で、その上超能力まであるのかと、もはや驚きを通り越して憧憬の念すら抱いてしまった。
そうしている間にも、寝息のような規則正しい吐息が聞こえてくる。どうやら本当に眠いらしい。
「伸一さん、あのさ、また後で掛けるから」
『……ん? ……あ、帆夏、授業は何時に終わるんだ?』
「六時くらい」
『それじゃ、また後でな』
そう言って、電話はぷつりと途切れた。
相変わらずの素っ気なさにすこしの淋しさを感じながら、それでも伸一さんのいつもと変わらない様子に胸をほっとなで下ろした。
午後の授業開始を告げるチャイムが鳴る。
「やべ、完全に謝るの忘れてた」
そうつぶやきながら、教室へと一目散に走った。
午後はデッサンと製図という、俺が大好きな演習科目で、午前中あれほど眠かったのが嘘みたいに嬉々として作業に没頭した。
六時をすこし過ぎた頃、教室を出て一階のロビーまで降りる。外はもう夕闇に包まれていて、きっと空気も冷え切っているのだろうと思うと、余計に淋しさがつのった。
そんな心許ない気持ちを振り払いたくて、もう一度伸一さんに電話をしておこうと思い立ち、椅子に腰掛けスマホを鞄から取り出した、ちょうどその時だった。
背後からふわりと右肩を掴まれた。
驚いて、一瞬びくりと跳ね上がった身体を捩って、斜め上を見上げる。
そこに立っていたのは、まぎれもない、伸一さんだった。
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