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Harmonia

オリジナル小説

月明 1 


 昼前から始まった撮影は、夕刻まで続いた。
 昭和前期に立てられたという、古めかしい彼の家は長い軒のせいか、すでに日が翳り、ほの暗い畳の間に敷いた布団の上で丸くなった裸の身体を跨ぐ格好で、シャッターを切り続けた。
 終わった、と告げると、彼は細い目をさらに細めて「お疲れさまでした」と安堵したように微笑んだ。
「あー、めちゃくちゃ緊張したけど楽しかった」
「緊張した? 全然そんな風には見えなかったけど」
「最後のほうはそうでもないけど、最初はガッチガチだった。……初体験よりヤバかった」
「なんだよそのたとえ」
 苦笑する俺の横で勢いよく起き上がって、次々と衣服を纏った彼は、さきほどまでの滴り落ちるような妖艶さはどこかに消え、さっぱりとした和顔の青年に戻っていた。
 俺の身体からも心地良い緊張感が次第に抜け、解れていく。手渡された、よく冷えた缶入りのオレンジジュースが空きっ腹に滲みた。
 そんな俺の心が伝播したのか「フライングだけどめちゃくちゃ腹減ったから食べに行こう」と誘われ、歩いてすぐのところにある二十四時間営業のうどん屋へと向かった。

 彼は家で過ごす間、ほぼ毎食をこの店で食べているのだと言う。
「だって、ここのゴボ天肉うどんは最高にうまいから」
 子どもの言い訳みたいにそうつぶやくと、彼は俺が手にしたカメラを見つめて「それで、どうだった? いいのが撮れた?」と訊ねた。
「おかげさまで。バッチリ」
「それは、楽しみ」
 ぽってりとした赤いくちびるの、口角をきゅっと上げて男が微笑んだと同時に、彼の携帯のバイブ音が響く。画面を確認した彼が、「もうすぐ会社を出るって」と言った。
「……前から思ってたけど、訊いていいですか?」
「だからもう、敬語はいいから。同い年なんだし」
「僕は葛木くんの写真が大好きで、ずっと憧れていたから、まだいまの状況がうまく飲み込めていないんだ」
 はにかんだ笑顔を浮かべた後、一転して挑むような視線で俺を見据えてくる。
「彼を撮らないのは何故?」
「……」
「僕なんか比較対象にならないくらいフォトジェニックだと思うけど、」
「いや、片瀬くんはすごくフォトジェニックだよ。これは割と本気で言ってる」
 遮るようにそう言ったら、彼は照れくさいのか、すこし困ったような顔で俺を見つめ返してきた。
「それは、……光栄だな」
「何故撮らないかと言えば、あのひとが撮らせてくれない」
「断られて、引き下がった? 葛木くんが? らしくないなあ」
「だって、……見かけによらず、恐ろしいんだよ」
「恐ろしい、か。……確かに、分かる気がする」
 そう言って、片瀬が密やかに笑うと、運ばれて来たゴボ天肉うどんを「今日もうまい」と勢いよく啜っている。
「食べ終わったら、駅まで迎えに行こう」
「ああ、」
 店を出て、駅までの道のりを歩く。もうすこしで満月なのだろう、よく膨らんだ月が、きらめく街の天高く、薄紫の夜空に輝いていた。


 →

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Posted on 2018/09/22 Sat. 10:08 [edit]

category: MAGIC

thread: BL小説  -  janre: 小説・文学

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